長春は、旧満州国の首都があった場所です。
長春で有名な観光スポットといえば、偽満皇宮博物院です!
偽満皇宮博物院は、清の第12代皇帝、ラストエンペラーであり、満州国の執政・皇帝を務めた溥儀が1932~1945年まで過ごしていた皇宮です。
映画「ラストエンペラー」にも登場しています。
偽満皇宮博物院の観光Tips
チケットは游客中心の中で購入
まずチケットは游客中心の中で購入します。
▼游客中心入ってすぐあるお土産屋さん
▼チケットオフィス
チケットは
・大人:70元
・小学生:20元
・中・大学生:30元
音声ガイダンスを借りる
チケットオフィスの向かって右側にあるこちらで音声ガイダンスを借ります。
「自動案内解説器レンタカー」(笑)
レンタルではあるけどカーではないよね。
我々は中国で使える携帯(ネットワーク)を持っていたので、微信(wechat)で日本語のガイドを聞くことになりました。
※游客中心内はWi-Fiありますが、皇宮内に入るとつながらなくなるので、中国で使えるWi-Fiやネットワークを持ってる方におすすめです。
40元を払うと微信(wechat)のQRコードを出してくれるのでそれを読み取ればOK。
▼こんな画面が出るので、その場所になったら再生マークを押すだけ。
中国人の方が話している日本語でネイティブではないのでちょいちょいなまっていますが、説明はよくわかりました!
それぞれのスポットの理解が深まったので借りてよかった!
偽満皇宮博物院
チケットを買ったらいざ皇宮に入ります!
3月中旬、雪が降った日だったので雪景色★
同德殿
この同徳殿は日本人による設計らしい。
1938年にできたもの。
溥儀と皇妃、李玉琴(福贵人、4人目の奥さん)が生活する場所でしたが、日本軍による盗聴装置があると疑った溥儀はほとんど使わなかったと言われています。
▼広間
溥儀が祝日と誕生日の際、日本の官吏から祝福を受ける場所として使われました。
電灯が素敵です。
▼階段の上のシャンデリアも綺麗。
▼溥儀の寝室
寝室といっても、日本人が盗聴器をしかけていることを疑っており、普段缉熙楼で主に生活していたため、ここではほとんど過ごしていないそうです。
▼この明かりも素敵。
▼4番目の奥さん、李玉琴のリビングルーム
もともとは正室である婉容のためにつくられましたが、溥儀から嫌われてしまっていたため李玉琴の部屋となりました。
李玉琴は1943年、15歳の時に”福贵人”として入廷します。
※贵人は妃の位を表す言葉。清の時代の妃たちの文化についてはこちらの記事をどうぞ▼
▼映画ホール
もともとは宴会ホールでしたが、溥儀は家族と映画を見る部屋として使っていました。
映画といっても、日本の侵略戦争を賛美したドキュメンタリーフィルムだったらしいけれど…。
▼ピアノ室
溥儀は北京の紫禁城にいる時代からピアノが弾けたそうで、長春の皇宮にもピアノを置いて弾いていたそう。
左奥にピアノが見えます。
▼ビリヤード室
溥儀はビリヤードも好きだったそう。
宮廷の学生たちはわざと負けて溥儀のご機嫌をとっていたらしい(笑)
▼日本間
日本の伝統様式のお部屋。
溥儀はここで日本の吉岡安直と会見して日本料理を食べたそう。
怀远(懐遠)楼
溥儀が使っていた私用車が展示してありました。
アメリカのParker(派克)製。1920年頃につくられて、天津から長春に運ばれてきました。
他にも1階には近侍处、帝室会计审查局、侍从武官处、2階には清の祖先の皇帝の位牌を祀る奉先殿があります。
勤民楼
▼赐宴殿
▼勤民殿
玉座がある公式謁見殿。
▼西便殿
満州国官吏や外国使節と非公式に謁見した場所。
▼第一候见室
特任文官、上将武官はここで溥儀の召見を待っていました。
謁見の時は勤民殿に案内されます。
▼日本関東軍の高級参謀、吉岡安直の事務室
吉岡安直は関東軍の代表として「帝室御用係」という身分でこの皇宮に居住し、随時溥儀を見張っていたと言われています。
嘉乐(楽)殿
嘉楽殿では溥儀の一生についての展示をしています。
3歳(正確には2歳10ヶ月)という幼さでわけもわからないまま清の第12代皇帝になって、辛亥革命が起こり、やがて紫禁城を追い出されて、日本軍がつくった満州国のお飾りの皇帝になり、満州国がなくなった後は民間人に戻る、というなんとも激動の人生を送りました。
それぞれの時期についての展示が充実しているので、ここはぜひ見ていただきたいスポット!
▼溥儀のと眼鏡
辫子についてはこちらの記事をどうぞ▼
▼紫禁城から出されるところ。
▼溥儀が民間人に戻った後の身分証明書です…!皇帝だった人とは思えないですね…
▼民間人になった後最後に結婚した時の結婚証明書
相手は看護婦をしていた李淑賢(1924~1996年)さん。
溥儀にとっては5人目の奥さんです。
溥儀56歳の時に37歳の奥さんと約20歳の年の差婚!!
缉熙楼
1階は主に皇妃の譚玉齢(祥貴人、3人目の奥さん)の生活区。
2階は西側に溥儀の生活苦、東側は皇后婉容の生活区。
▼溥儀のバスルーム
溥儀は便座に座って新聞を読む習慣があったそうですよ。
(ちょっと親近感…笑)
▼溥儀の寝室
1932年4月から1945年8月までここで生活していました。
一年中、掛け布団ではなくこのタオルケットを使っていたそうです。
(ちょっと可愛い…)
▼溥儀の理髪ルーム
日本人の理髪師が溥儀のために髪を整えていたところ。
▼溥儀の書斎
▼譚玉齢(他他拉氏、祥貴人)の寝室
譚玉齢は溥儀の3人目の奥さんです。
▼譚玉齢のリビングルーム
▼譚玉齢の書斎
オルガンやミシンが置いてあって、女性の部屋!という感じ。
▼婉容(正室)の寝室
天蓋が豪華です。
▼婉容(正室)のリビングルーム
▼婉容(正室)のアヘンを吸う部屋
婉容(正室)さんはアヘン中毒だったそうです。
アヘンを吸う専用の部屋があったなんてすごいな…!
しかも浮気をして浮気相手の子を生んだりとめちゃくちゃだったので溥儀から愛想をつかされてしまいます。
植秀
お庭が立派でした。
▼教室
畅春轩
▼親王の寝室
溥儀のお父さんのために用意したお部屋。
▼譚玉齢の教室・リビングルーム
譚玉齢を妃として教育していた場所。
宫内府
▼宮内府の会議室
▼総務所所長のオフィス
所長は大臣の命令を聞き、所属の職員の監督・指揮にあたっていました。
総務所には综理科、文書科、典謁科、恩給科がありました。
謁書、勅書、帝室令、官印の保管と皇帝の拝謁、巡幸、宴会、賞与、宮内府職員の任免、賞罰などを官吏していました。
▼宮内府次長オフィス
偽満州国の宮内府は中国人の宮内府大臣のもとに日本人の次長を置いていました。
次長は名義上では大臣の補佐ですが、実質の行政権を握っていたそうです。
大臣も次長の言うがままに動いていたそう。
まとめ
清のラストエンペラーであり、旧満州国の皇帝であり、民間人になった溥儀という人の人生について、よりリアルに知ることができてとても勉強になりました!
ここに来るために長春に行く価値は本当にあると思います。
日本人として、中国にいるうちに行くことができて、溥儀の人生についてより詳しく知ることができて、本当によかったです。
観光情報
偽満皇宮博物院
●住所:宽城区光复北路5号
●電話番号:8286-6611
●営業時間:5/1~10/10:8:30~17:20
10/11~4/30:8:30~16:20
※入場は閉館の40分前まで
●定休日:なし
●入場料:
・大人:70元
・小学生:20元
・中・大学生:30元
●URL:www.wmhg.com.cn
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