金沢観光で、金沢城公園に行きました。
ホテルから歩いて行ける距離でした♪
金沢城
金沢城は1583(天正11)年、前田利家が入り、その直後から本格的な城づくりが始められました。
利家自身は、豊臣秀吉の重臣として京都や大坂にいることが多く、1599(慶長4)年に亡くなるまで金沢城を留守にしていることがほとんどでした。
その後、宝暦や文化の火災を経て明治維新まで、利家から数えて14代の藩主が金沢城の城主となりました。
当時は城内に重臣たちの屋敷があり、広い城ではなかったそうです。
1602(慶長7)年、落雷により天守が焼失した後、天守は再建されず、本丸に三階櫓、二の丸に御殿が建てられました。
1759(宝暦9)年の火災では、城のほとんどが焼失。
その後の再建では、実用性を重んじ、二の丸を中心とした整備が行われ、本丸の櫓は再建されませんでした。
菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓は、平成13年に復元されました。
金沢城公園
金沢城公園は、加賀藩歴代藩主の居城だった金沢城跡を整備した公園。
広さは総面積28万5,000㎡。東京ドーム約6個分にあたります。
石川門
金沢城の搦手門(からめてもん)=裏門。
1788年(天明8年)に再建されたもの。
枡形の構造で、右側の「切石積み」左側の「粗加工石積み」の2つの石組みからなります。
国の重要文化財に指定されています。
橋爪門
城内の枡形(石垣と二重堀で囲われた構造)門の中で最大規模の門です。
1621年(寛永8)年の大火災後に整備された二の丸の正門。
二の丸の正門としては最も格式のある門。
石川門、河北門とともに三御門と呼ばれ、二の丸御殿へ行く最後の門として最も厳しい制限がかけられていたそうです。
2001年に一の門、2015年にニの門、枡形二重堀が復元されています。
橋爪門は、二の門床に御殿の玄関まわりと同じく、四半敷き(正方形の石を縁に対し45土になるよう斜めに敷いたもの)で戸室石が敷かれ、格式の高い門であったことを示しています。
二ノ丸
初期の金沢城は本丸を中心とした城づくりが行われていましたが、1631年の大火を気に、中心は二ノ丸に移りました。
敷地を拡張し、大規模な御殿が作られ、以後藩主の住まいや政務の場として金沢城の中枢を担いました。
現在金沢城内に二ノ丸の名残は見られませんが、御殿の正面玄関にあった唐門は場外に移築され、現在は尾山神社の東神門となっています。
五十間長屋
3階建ての菱櫓と橋爪門続櫓を2階建ての五十間長屋でつないだ建物。
金沢城では長屋は倉庫と防壁を兼ねた建物のことを指します。
他の城郭では多聞櫓と呼ばれています。
2001年に復元され、明治以降の木造城郭建築物としては国内最大規模。
幅3間(約5.3m)、長さ26.5間(約48.2m)、石垣上の高さは約8.9m。
内部の伝統的木造軸組工法が立派。
江戸時代初期の寛永期(1624〜1644年)にはすでに創建されており、当時は北端に櫓が置かれていました。
その後1759年の大火で焼失し、長らく石垣の土台だけが残る状態でしたが、1858年に長屋部分が再建され、今に至ります。
1858年の再建時には板葺きのままでしたが、後に瓦葺きに変えられ、1969年の修理工事によって現在の鉛瓦葺きになりました。
前田家の歴史が感じられる金沢城。金沢観光の際はぜひお立ち寄りください♪
観光情報
●住所:金沢市丸の内1-1
●電話番号:076-234-3800
●料金:入場無料
※菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓は共通で入館大人310円、子ども100円。
●営業時間:
・3月1日〜10月15日まで:7:00〜18:00
・10月16日〜2月末日まで:8:00〜17:00
※菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓は9:00〜16:30(最終入館時間16:00)まで
●駐車場:石川県兼六駐車場利用482台(有料)
●イベント:http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/event/index.html
●ボランティアガイド:下記参照▼
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