娘はもう1歳を過ぎてしまったのですが、かの有名な井深大さんの『子どもは育て方しだい 0歳だからこそできる教育法』という本を読みました。
過ぎてしまった身としてはハッとすることも多かったのですが、方針としては遠からずかも!?と思うこともあり、自分の子育ての方針を再確認するいい機会になりました。
本を読んで、覚えておきたいと思った事柄をまとめておこうと思います!
早教育は胎児の時から大事
お母さんの血液中に分泌された化学物質が、臍帯(へその緒)を通じて赤ちゃんに大きく影響を及ぼす
赤ちゃんとお母さんが微妙に影響しあってホルモンが分泌されたり抑制されたりしていくといったふうに、それぞれが連動し、意味を持っている
赤ちゃんは胎児の時のできごとを記憶している
胎児の頃に繰り返し聞いていた音に反応する。
数え年は理に適っている
仏教の「四有」という考え方
①「生有」人が体内に宿った一刹那(瞬間)のこと
②「本有」その次の瞬間から臨終まで
③「死有」臨終の瞬間
④「中有」死後次の世界に生まれるまでの間
「実はこの胎内での時期が極めて大切な日々である。それを私達はいま、『オギャー』と胎内か胎外へ出たときを誕生として、それがこの世の生涯の始まりのように思っているが、そうではなくすでに胎内において私たちの生涯は始まっているのである、だから私達が母親の胎内に宿った刹那の「生有」こそが本当の誕生であり、故に人の年齢は正確には胎内の二百録十六日も含めて数えるべきである」
(サンケイ新聞)
臨界期間
成長期の人間がいつ何をすべきか、という時期を臨界期間と呼ぶ。
この時期を逃すと能力が育ちにくくなってしまう。
臨界期の一つひとつをしらみつぶしに見つけていくことが、0歳からの教育のほんとうのあり方を探ることになる
子供の能力は遺伝か環境か
「遺伝子の持っている情報量は文字にすると三十億文字分だが、その中でどの情報が発現するかは「場」=環境によって規定されてくるし、書かれている情報はあくまで体をつくるプログラムである」
(筑波大学遺伝子実験センター 村上和雄氏)
子どもの能力や個性、好き嫌いなどは生まれつきではなく、その人が生まれてからどんなパターン教育(後ほど説明)を受けてきたかで大きく決まる。
仮に能力に遺伝が影響を与えるとしても、遺伝する能力は、能力を入れる容器のことにすぎない。
だから、いくら大きな容器(遺伝的な能力)でも、そこにすこしだけしか中身がはいっていなければ、十分に満たされた小さな容器には勝てない
人柄形成まで含んでこそ本当の早教育
日本では、どうも知的教育はつぎのつぎの問題にして、温かい人柄と健やかな体づくりのほうを第一に考えてちょうどよい
今後どんどん文明や技術が進み、コンピューターなどの機械が人間にとって代わってこなしていく部分が多くなるでしょう。そうなると、ますます知識や分析的なものよりは、人間的なものが物をいう時代になるに決まっています。どれだけの知識を持っているかということより、調和の取れた人格、温かい心を持った人づくりということを早教育の目的に掲げなければならない。
言葉以前の教育が大事。
声をかけたり、お乳を与えたり、抱いたりといった毎日の育児そのもの。
心が育つにも臨界期がある。
お母さんと赤ちゃんのやりとり「言葉によらないコミュニケーション」「言葉以前のコミュニケーション」、母と子の絆こそ最も大切。
※性格は生まれつき、と考えられていたが、臨界期が早く来るために、周囲が赤ちゃんの性格や人柄を意識するようになる頃には時機を失っている。
右脳の開発による人づくり
お母さんと赤ちゃんの感じ合い、言葉以前のコミュニケーションは右脳の問題。
野口式整体を考案した野口春哉先生は胎児の頃からの教育を「潜在意識教育」と名付けている。
意識でない心を豊かにすること。
教育は受胎と共に行われるべき。
人を愛する心も、潜在意識の中に育ってこそその人のものとなるのであって、いくら理屈で教えても、それだけでは育たない
「妊娠期間は亭主も母体の要求を尊重しなければならない。食べることも、動くことも、性欲もその如くです。それが潜在意識教育の第一歩です。受胎中こうして育った赤ちゃんは溌剌として、特殊なリズムを持っています。顔つきが豊かです。」
母と子の言葉以前のコミュニケーション
ウガンダでは赤ちゃんが生まれるとお母さんは首から吊り帯を下げ、その中に生まれたばかりの裸の赤ちゃんを入れて育てる。
赤ちゃんにおむつはつけないが、袋の中は汚れない。
赤ちゃんの排泄物で袋を汚すことがあればお母さんは母親失格とされる。
お母さんは肌身離さず袋の中に抱いている赤ちゃんの変化を、敏感にキャッチしている。
(なんで察知できるの?という問いに、「あなたは自分がおしっこしたくなるのはわかるでしょ?なにが不思議なんですか?」と答えたそう。)
赤ちゃんがコミュニケーションを望んでいてに、大人がそれに応えることができなければ、赤ちゃんも自分から働きかけることをあきらめてしまう。
このような能力は、実際にそれを使っていくうちに磨かれていき、使わないでいると発達がとまってしまう。
赤ちゃんからの信号を読み取るよりも、「こうあるべきだ」という考えや、人にいわれたこと、育児書に書いてあることに忠実であろうとする。そうするうちに、赤ちゃんの信号を受け取ることもできなくなる
赤ちゃんのほんとうの欲求や必要なこと、どうすればいちばんよいのかは、どんなに専門の医者でも、心理学者でも、いつも赤ちゃんの身近にいて見守っているお母さん以上のことはわかるはずがありません。そういう自身と責任感を持って、お母さん自身がそれぞれの子育てのあり方を追求していくことが、ほんとうの子どものための育児をするうえでの、もっとも基本的なこと
パターン教育のすすめ
パターン認識とは、意味を知るより先に、言葉も行動も雰囲気もすべてを一緒に受け止めていること。
音や文字など目に見えるものばかりでなく、無形のこと、抽象的なことがらもパターンによって認識されている。
例えば、「ありがとう」と礼をする行動、その時の雰囲気、お母さんの言葉と表情など、すべてをまるごとパターンで受け止める。
パターン認識の積み重ねを教育と呼ぶならば、0歳からの教育はごく自然なことになる。
小さいときに生理的にインプットされた基本のパターンが、大きくなってからものをいう。
文芸を含む芸術の分野やスポーツの分野でも同じことが癒える。
ろくにわけもわからず幼いときに読んだものや、見よう見まねで身についたスポーツが、後になって楽に、自然にできる基礎となる。
0歳でも漢字を見分けたり覚えたりできる。
0歳からの可能性への挑戦
0歳でのこの教育はエレメント、要素を与えることである。
興味さえ持てばどんどん吸収していくのだから、漢字に限らず九九、外国語、音楽でもいい。
将来新たにいろいろなものに接するときの素地として身につけておく。
子どもが嫌がらない限りやりすぎということを心配する必要はない。
パターン教育の3つのポイント
①同じことを何度も繰り返して与える
繰り返したものは全て吸収していく
②説明は不要
理解させて覚えるものと丸暗記するものは区別すべき。
“理解させる教育”が効果を上げるのは、右脳と左脳の優位性のバランスが入れ替わる6歳前後。
だから、漢字ゲームをする時は、「この字はアイで、この字はナサケ、だから愛情だよ」というような解説はしないこと。
子どもに「理解力」が出るのを待っていたら大事な時期を逃してしまう。
③種を蒔いたら焦らず子ども自身が開花するのを待つ
結果をすぐには求めないこと。
0歳教育では”入力”してもすぐには”出力”が見られない。
子どもが小さいうちは”入力”をしてもムダ、ということはない。
子どもの理解力が育ってくれば、すでに覚えた”エレメント”の意味を自然に発見していくときがくる。
0歳児のパターン教育がうまくいくかどうかは、お母さんと赤ちゃんの心の絆がしっかり結ばれているかにかかっているが、甘やかしていればいいというわけではない。
見守りながらも突き放すことが必要。
「しつけ」とは社会生活を営むうえで、他人に迷惑をかけないように行動ができるようにすること
0歳からならお仕置きや無理強いしたりせずにしつけられる。
お腹にいる時から繰り返しよい行動パターンを親が率先して示し、子どもがそれをまねするようになったら心からほめ、身につくまでさらにくり返せばよい。
身につかない時は「それがいけない」ということを根気よく訂正しつづけたり、生命の存続や危険に関するような重大なことの場合には、厳しい態度をとることも必要。
思いやりの心や、相手に対するやさしさは、言葉による理屈で教育できるものではない。
親がお互いに相手を思いやり、お年寄りを大切にし、愛情が満ちている家庭なら赤ちゃんは自然に親の行動パターンを身につけていく。
母子関係が0歳教育では大変な意味を持っている。
仕事と子育てのどちらをとるか迷ったり、子育てのために自分の人生が犠牲にされたように感じるお母さんが増えてきているが、それはとんでもない思い違いで、だいじな時期である0歳の人づくりほど創造的な大きな事業はない。
以上『子どもは育て方しだい 0歳だからこそできる教育法』のまとめでした。
井深先生の「幼稚園では遅すぎる」という本も(タイトル衝撃的ですが笑)読んでみようと思います!
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