《结爱・千岁大人的初恋》という中国ドラマを見ています。
話の本筋としては、1000年に渡って一人の人間の女性を愛し続けるキツネ(姿は人間)の壮大なラブストーリーなんだけど(こうして字面で見るとなんかやばいけど笑、普通に面白いから見てほしい!)、そのドラマに出てきた脇役の女性(田欣)の設定が過去の自分に重なって、忘れていた気持ちを思い出したのでブログに書こうと思います。
その女性は彼氏がアメリカ留学に行く際、一緒に来てほしいと言われて、大企業からのオファーを断ってアメリカに渡ります。(13話。)
彼は入学準備で朝から晩まで忙しく、日中はひとりぼっち。
現地で知り合いができても、心ない言葉を投げかけられる。
そんな様子が、駐妻として中国に来たばかりの自分に重なって、つらかった気持ちを思い出しました。
放っておくと忘れてしまいそうなので、記録しておきます。
駐妻になったばかりの方に読んでもらえたら嬉しいです。
※4,000文字の長文なので時間のある方だけ読み始めてくださいませ!
私が駐妻になったばかりで精神的につらかったこと
夫のために海外まで来たのに夫は家にいない
我が家は、夫が先に中国入りし、私は自分の仕事のプロジェクトが終わってから退職して後追いで中国に渡りました。
それまで睡眠以外の時間のほとんどを費やしてきた仕事を辞めて、友達も知り合いすらいない北京に来たはいいものの、当時の夫の上司が飲み会大好き人間。
ほぼ毎日飲みに連れて行かれていました。飲みの後はマッサージ(たぶん健全なやつ。北京だしね。たぶんね。)に行くので帰ってくるのは24時過ぎ。
当時夫は今ほど出張がなかったので土日は家にいたものの、平日は朝から晩までいない状態。
生活を共にしている、というか、睡眠を共にしているって感じ。
がらんとした部屋にたった一人で、何をしてこの恐ろしくゆっくり流れる膨大な時間をつぶしたらいいかわからず、呆然としていました。
自分で選んで来たはずなのに、喪失感の方が圧倒的に大きかった。
夫のために全てを日本に置いて中国に来たのに家に夫がいない。
私何しに来たんだろう?って100回以上思いました。
夫は夫で当時新しい仕事を覚えて、人間関係を構築するのに必死で、毎日夜遅くまで気が抜けなくてすごいストレスがかかっていたんだろうなと、今ならわかります。
でも当時の私は自分に余裕がなさすぎて、相手の大変さを理解して包容する力がなかったです。
あぁ、反省。
夫が仕事、飲み会の愚痴を言う
そんな感じで毎日夜遅くまで飲んでマッサージをして帰ってくる夫。
やっと話せたと思ったら疲れてる夫の口から出てくる言葉が
「今日の仕事こんなありえないことがあった」
「飲み会つまらなかった」
などなどネガティブなもの。
私は夫が帰ってくるのが遅くても我慢してるのに、なんでそんなこと私に言うの?
仕事できるだけいいじゃん。外食マッサージできるなんていいじゃん。
私が我慢してる分、せめてあなただけは有意義な時間を使ってきてよ。
二人とも我慢してるなんて、この北京生活は誰得なの?
って思っていました。
うわー書き起こすとまじで性格悪いな私。
仕事のやり方が全く違う海外で働くって、本当に大変なことだよね。
あれだけ毎日同じメンバーで飲み会してたらそりゃ楽しくない時だってあるよね。
今ならわかる。
でも当時は、仕事ができて、一緒に飲みに行ける人がいて、毎日やるべきことがあって、お金がもらえて。
そんな自分もサラリーマン時代は当たり前にしていたことが羨ましくて仕方なかったです。
この問題は、夫が悪いのではなく、時間を有意義に使えていなかった私が原因。
自分の名前で呼んでくれる人がいない
これは駐在妻というか専業主婦が感じやすいつらさだと思うのだけど、自分の名前を呼んでくれる人がパタッといなくなるわけです。
「◯◯さんの奥さん」としか呼ばれなくなる。
結婚したての時は「◯◯(夫の名字)さん」で呼ばれても自分じゃない感覚が強いしね。
自分、なんか夫の付属品みたいだな、って思ってしまっていました。
(今話題の夫婦別姓については、私は
①自由に選べる風土=夫が名字を変えてもわざわざ人に説明しなくてもいい風土、
②名字変更に伴う平日しかやっていない事務手続きをするための有休を使うのではなく当たり前に休める仕組みができれば、どっちでもいい派)
自分の名前で呼ばれないって、
自分がいなくなってしまったようで、
自分のアイデンティティが消えてしまったようで、
とてつもなく悲しいことなんだっていうことに、自分が専業主婦・駐在妻になってみて初めて知りました。
とはいえずっと意識的につらいと思っていたわけではなくて、
自分がこう思っていたことすら気づいていなかったのだけど、
一時帰国して元同僚や大学時代の友達に会って、
「●●(旧姓)ちゃーん!」と呼んでもらえた時、私ガチで泣いちゃって(笑)
友達は、え、何事!?って焦ってたよね。
あの時はごめん(笑)
名前で呼ばれたのそういや久しぶりだ…!
すごく嬉しい!!ってその時初めて気づいたの。
これはね、もう自分の居場所を自分で作るしかない。
夫は悪くない。
でも、結婚で名字が変わった女性(男性)、専業主婦(主夫)はこう思ってしまいがちなんだよ、っていうことを理解してほしいです。
理解できなくてもいいから頭の片隅で想像だけでもしてほしい。
「今日何してたの?」「中国で何してるの?」という魔の質問
これはもう駐妻あるあるで、既出感が強いのだけど、やっぱり外せない。
仕事から帰ってきた夫に「今日は何してたの?」と聞かれたり、
夫の同僚さんとお食事に行って「普段何してるの?」と聞かれるのがつらかったです。
だって、生産性のあるようなこと、何もしてないんだもん!!
当時は毎日語学学校に通って中国語を勉強していたものの、
働かずに、お金を生み出さずに、消費だけしている自分が、
とてつもなく価値のない人間のような気がして、
自信を持って「勉強してます!」と言えずに
「いやー何してんですかねぇほんと。」みたいな感じで濁していました。
仕事で1日に換算したら数万円稼いできている夫に、
「今日はね、『我想买苹果』(私はりんごを買いたいです)って構文習ったよ」なんて、
幼稚園生か!ってレベルの話、言えなかった。
厄介なのはね、これ聞いてる本人は深く考えていないことが多くて、
なんなら英語の「How are you?」くらいの軽い気持ちで聞いてるんですよね。
でも、自分が納得して自信を持てていない状態だと、非難されてるんだとネガティブに受け取ってしまって、人に堂々と何をしているか伝えられないんですよね。
週末夫と2人でマッサージに行った時に、あぁこの薄給と言われてる中国人マッサージ師さんですらお金を生み出してるのに私は何も生み出せていない…って思ったら悲しくなってきて、
マッサージ台でうつ伏せになりながら泣いたこともありました。
(鼻水ふけないからマッサージ台の顔入れる穴から垂らしながらね。キタネ。笑)
今思えばね。
新しい環境で新しい言語(しかも自分が望んでいなかった言語。笑)を学ぶって、けっこう負荷のかかる大変なことなのよね。
母国語の日本語ですら小さい時からすごいエネルギーと時間をかけて習得してきたもんね。
もっと自信持ってもよかったな。
堂々と中国人の同僚さんに「あなたも日本語勉強してみたら?」くらい言ってやればよかったかな(笑)
↑やっぱり性格悪い?(笑)
夫のお給料を使う罪悪感
自分の仕事を辞めると、当たり前だけど自分の収入がなくなります。
今まで友達と遊びに行ったり旅行に行ったり、好きに使っていたお金がなくなるわけです。
収入がなくなった時の不自由感、夫のお給料を使う罪悪感はすごかった。
今まで同じくらいのお給料を稼いでいて、ご飯を食べに行くときや旅行に行く時は割り勘にしていたのに、突然夫に「おごってもらう」という状況に戸惑いました。
夫は「家族でひとつの財布になったんだから二人のお金だよ」と言ってくれたのだけど、私は自分の立場が弱くなった気がしたし、夫に負けた気がしていました。
(優しい夫に対してなんて負けず嫌いで可愛くない私…!)
レストランに食べに行っても、「これ食べたい」って言えない。
だって払うの彼だし。
欲しいものがあっても、自分が貯めた貯金から買ったり。
だんだん自分の貯金がなくなってきて、そんな些細な抵抗もできなくなってきて(笑)
徐々に夫のお金を使わせてもらっているうちに慣れてきたのと、今は自分でもちょっとずつ稼げるようになってきたので、楽になりつつあります。
それでもまだ、「ちょっと週末友達と旅行行ってくるわ!お金ちょーだい!」みたいなことはできないです。
(夫は気にせず好きに使いなーって言ってくれる人なんだけどね。)
まとめ
初めての駐妻生活から5年経って、すっかり忘れかけていた気持ち、書き始めたらとめどなく溢れてくるよ助けてー!
・夫が仕事、飲み会の愚痴を言う
・自分の名前で呼んでくれる人がいない
・「今日何してたの?」「中国で何してるの?」という魔の質問
・夫のお給料を使う罪悪感
これは私が特に強く感じたつらかったことだけれど、忘れてしまっていること、もっとあると思うし、人の数だけ違う感じ方、つらいことはあるはず。
これから駐妻(駐夫)になる方には、みんな多かれ少なかれ絶対に通る道だから、自分だけじゃないんだって思ってもらえたら嬉しいです。
そしていろいろ自分でもがきながら動いてみたり、時間が経てば、ふと気づいたら(←ここポイント!)乗り越えていたりするから、大丈夫だよ、ということを伝えたいです。
そして駐妻(駐夫)のパートナーの方には、新しい環境でお仕事をするのは大変だと思うけれど、一緒に来てくれている相手も、(たとえ目に見えなくても)必死で新しい環境に適応しようともがいているから、たまには気にかけて、優しい言葉をかけてあげてくださいませ。
「一緒にいてくれてありがとう」の一言だけで信じられないくらい救われたりするのよ、本当に。
今回は駐妻になった当初私がつらかったことを書いてみました。
つらいのはわかったけど、じゃあどうしたらいいの?というのは、私が具体的にどういうアクションをとって乗り越えていったか、という記事にしようと思います。
それでは今日はこの辺で!
再见ヽ('∀`○)ノ♡
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